テスト
科学と宗教を「論理的なもの 対 不可思議なもの」と即断してしまえること自体がすでに宗教的だと思うよ。
現代で科学的だと大衆が信じるような方法、
論証的で筋道がわかるとそれが科学的だと思い込んでしまうような振る舞い、
それで説明されるとよくわかっていなくてもそれが正しいことになってしまう仕組み、
これは殆ど宗教と変わらない。
数十年後には間違いだったと、この方法のもとに解明されるかもしれないものさえも、今は何の疑いもなく信じているし。
これはニーチェでも誰でもいいけど、プラトンなんかにもそれっぽいのが出てくるけど、ずーっと前からすでに言われていることで、宗教的なものの境目は誰もが明確にわかるようなものじゃない。
そうじゃないから、私たちは臆見をよりどころにして、何らかの範疇で言語が使えたり、何かを共有できたりしていると思うよ。
科学的なものを突き詰めていった人は、どこかで宗教的な考えに至るよ。